HOME > ARCHIVE - 2015年05月

スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

赤山地下壕

2015.05.29.Fri.19:53
標高約60mほどの通称「赤山」と呼ばれる小山がある。
凝灰岩質砂岩まどからできた岩山の中には、総延長約2キロの地下壕と、巨大な燃料タンク基地跡が残っている。
しかし、地下壕建設に関わる資料が全く不明で、当時の証言も少ない。

証言やその壕内形状から
・戦闘指揮所
・野戦病院
・奉安殿
・兵舎
・発電所
・航空機部品格納庫
・兵器貯蔵庫
・燃料貯蔵庫
等を持った、全国でも極めて珍しい航空要塞的な機能を持った地下壕であったと推測される。
※NPO法人安房文化遺産フォーラム 「戦争遺跡」参照

独自にこの壕について調べてみたが、地元のNPO法人を持ってしても資料が乏しいだけあって、これ以上の情報は見つからなかった。



下記図は赤山地下壕の図

IMGP3218_R.jpg


上の図を見ても分かるように赤山のあちこちに抗口がある。
という訳でまずは赤山の周辺偵察。


続きを読む "赤山地下壕"
スポンサーサイト

館山海軍航空隊 掩体壕

2015.05.10.Sun.16:48
【掩体壕】
掩体壕(えんたいごう)は、装備や物資、人員などを敵の攻撃から守るための施設である。掩体、掩蔽壕(えんぺいごう)、掩壕とも言う。
通常はコンクリート製で、少ない資材で大きな強度が得られるかまぼこ型をしている。簡易なものは爆風・破片除けの土堤のみであり、屋根(天井)が無いものもある。
日本軍が第二次世界大戦中に構築した掩体壕が一部に残されている。これは、コンクリート製の大型構造物であり、取壊しが困難であったために、残されたものである。近年では戦争遺跡として保存措置が講じられているものもある。

簡単にいえば航空機版防空壕だ。
場所こそ違うが、こんな感じで使用する。

2.jpg


赤山からほど近い畑と住宅地の間にその掩体壕がある。
赤山周辺だけでも、学生、住民、兵士たちによって10ケ所余りの掩体壕が作られた。
しかし現存するのはここの一箇所のみだそうだ。

親切に案内板も出ている。

IMGP3182_R.jpg


続きを読む "館山海軍航空隊 掩体壕"

洲ノ埼海軍航空隊 射撃場跡

2015.05.10.Sun.15:38
通称「洲ノ空」。
正式名称「洲ノ埼海軍航空隊」という全国で唯一つの兵器整備練習航空隊があり、操縦以外の航空隊に関わる専門技術を学ぶ養成機関があった。
1943年(昭和18年)に開隊した。
「洲ノ空」開隊の理由は、米軍の航空兵器の高性能化に伴い、それに対抗する航空兵器の開発、改良を求められたためである。
兵器開発の技術者だけでなく、高度になってきた航空兵器を管理、整備する兵士の養成や訓練が急務となり、多い時には1万数千人が「洲ノ空」で学んでいたという。
先の128高地の建設に携わったのも、この洲ノ埼海軍航空隊の中島分隊だ。


P5100158_R.jpg
NPO法人 安房文化遺産フォーラム 「戦争遺跡」より


続きを読む "洲ノ埼海軍航空隊 射撃場跡"

128高地 周辺壕

2015.05.10.Sun.14:09
128高地には作戦室、戦闘指揮所のある壕以外にも壕がある。
もしかしたら区分上は128高地に含まれないかもしれないが、周辺に位置しているので、そういうことにしておく。


高度に偽装された坑口を探し出し潜入。

IMGP3134_R.jpg


続きを読む "128高地 周辺壕"

128高地「戦闘指揮所」、「作戦室」

2015.05.10.Sun.00:58
「捷一号作戦」と呼ばれる計画に基づき日本軍側はフィリピンの防衛を試みるも、連合軍に敗北した戦いがあった。
史上最大の海戦とも呼ばれ、最近世間を騒がせた戦艦武蔵を始め、扶桑、山城等が没した「レイテ沖海戦」が発生した戦いでもある。
日本はこのフィリピン防衛に失敗したことにより、シーレーンを遮断され艦隊や航空機の燃料供給を断たれ十分な作戦行動すら困難になる。
またこの頃からサイパン基地から発進するB-29による本土爆撃が本格化する。

サイパン陥落の衝撃は大きく、「島嶼守備要領」や「上陸防御教令」が編纂される。
2つの文書の内容は、これまでの水際防御と反撃は、米軍の圧倒的な火力の前に不可能であると判断。
・後退配備
・地形を活かした縦深防御で対抗
・任務と地域の特性によっては内陸での決戦も認める
といったものであった。
この改定されたマニュアルによって、のちのペリリュー、硫黄島、沖縄における善戦に寄与し今回の128高地を含む本土決戦の準備にも使用されることとなる。

また、本土決戦に際しての作戦行動としては、以下のようになる予定であった。

・洋上及び泊地までの間を海軍を主体とする特攻戦力で減殺。

・主陣地線は陣地を構築しやすい沿岸部の丘陵地帯に設ける。
ここで艦砲射撃と爆撃を避けながら上陸軍の内地進出をくい止めるとる

・敵海岸堡へ重砲による砲撃を集中し、これにより海岸堡内の敵を消耗させ、かつ海岸堡の設置を妨害する。

・主陣地線にて敵を足止めしている間に、強力な打撃部隊を沿岸部後背地に集結させ、砲兵支援下、一気に海岸堡に突入する。

といった構想であった。

また後に「本土沿岸築城実施要綱」も示し、アメリカ軍の上陸する可能性が高いと予想される沿岸に陣地構築を開始する。
東京湾においても館山海軍航空隊や州ノ埼海軍航空隊、呉鎮守府101特別陸戦隊などとともに、各種特攻兵器による部隊を編成し、本土決戦に備えていた。



対するアメリカ軍の分析によれば、連合軍の上陸作戦が成功するとすれば、日本の航空兵力は10日以内にほぼ全滅し、有効な反撃はできなくなると考えていた。
こちらがその上陸作である「コロネット作戦」の作戦図。

ul0418211737.jpg


しかし、最終局盤の数日間にわたって、連合軍艦船及び上陸後の部隊に対して、日本軍側は大規模な自殺覚悟の体当たり攻撃するとみていた。
また房総半島の日本軍を掃討する方法としては「Dデー」の10日後に房総半島南東部の和田あるいは鴨川に、1個師団を上陸させることを想定していた。




歴史の概要は以上。
それでは状況開始!

密林を進む。

IMGP2978_R.jpg


続きを読む "128高地「戦闘指揮所」、「作戦室」"

黄金鉱山 漬物鉱床域

2015.05.06.Wed.00:49
とある歴史ある鉱山。
その採掘総延長は800kmに至る。
坑道図や坑口周辺遺構も紹介したいところだが、鉱山の名称や詳細な歴史なども含め非公開とさせて頂きます。


それでは状況開始!

P3280034_R.jpg


続きを読む "黄金鉱山 漬物鉱床域"
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。