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仙台・秋保で謎の洞窟と報道された壕へ行ってみた。

2017.04.01.Sat.17:20
謎の洞窟が仙台・秋保に!

謎の洞窟が仙台・秋保に 旧陸軍の弾薬庫か | 河北新報オンラインニュース
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201703/20170328_13008.html

紙面のスクラップは掲載しませんが、2017年3月28日の河北新報に該当記事があります。



河北新報にて、そんなニュースが駆け巡りり人々に衝撃が走った(大袈裟)
そんな訳で、大急ぎで現場の穴へ向かった!

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いつもの事ながら、殆ど手掛かりはない。
最初は林道沿いに歩いてみよう。

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勘と地形図を頼りに山を歩き回る。
鉱山と違って変な場所にあったりすることは少ないだろうけど、こうやって探しているときは小さな影や窪みが全て穴に見えてくる。

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そうやって、なんやかんや山中を歩き回っていると。。。おっ!?

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おおおおおおおおおおおお!

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抗口が崩落して、体を捩じ込んでやらないと入れないくらい狭い。
新聞記事に載っていた穴こんなに狭かったかな?
取り敢えず頭突っ込んでみよう。

(/ω・\)チラッ

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水没しとる

ととと取り敢えず落ち着け。
コイツは間違いなく、人工的な壕だろう。
しかし、新聞記事に載っていた日本軍の壕とされるものは、水没していなかったし状態も良く内部も広く見えた。

つまり!
他のアクセスが容易な抗口があるはずで、いまはまだ無理に水の中を進む段階でない(という英断風言い訳)


言い訳を成功させる為に、周囲の探索を再開する。
すると非常に分かり易い位置から抗口が顔を覗かせていた!

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計画通り(キリッ

いざ突入。

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掘削作業は1943~44年、宮城野区の榴岡公園に本拠地を置いた第2師団歩兵第4連隊が担った。
当時の国民学校高等科の生徒が資材を運搬したり、弁当を届けたりした。
洞窟の中には弾薬や砲弾、手投げ弾、ドラム缶などが運び込まれたという。

 河北新報2017年3月28日

第2師団歩兵第4連隊兵舎の記事はコチラ



抗口から入ると右方向に曲がりながら分岐が現れた。
脆そうな地盤。

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右方向へ行ってみよう。
コチラは中腰で進まなければならない高さ。
しかし、旧日本軍の作る防御陣地に比べると広いように感じる。

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ココを抜けると再び分岐が現れる。
どうやら最初の分岐と繋がっているようで、通路が並行して存在するようだ。

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瓶が落ちていた。
当時モノではないだろうが、中々味がある。

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このまま直進してみる。

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真っ直ぐ進むと左方向に曲がる。
突き当りにも抗口があったようだが、埋没してしまっている。

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先程の通路にも同じように埋没している抗口があった。

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本来は山の斜面に沿って、4つ程の抗口があったのではないだろうか。

外から見るとこんな感じ。

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左方向、方角的には西方向に曲がった壕。

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掘られてから70年以上経過した壕内の水溜りのには住民がいた。

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やはり並行して通路があったようだ。
見えていた通路と繋がる。

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突き当りは、行き止まり。
なんだか西側通路の方が綺麗に彫られている印象。

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分岐では、排水溝が状態良く残っている。

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それでは西側通路を進もう。
外の光が見える。

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壁面には、当時のものと思われる釘や木片が等間隔で残っている。

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あぁ^~綺麗。
西側通路は崩落もなく、綺麗に掘られていてふとするとコンクリート壕かのように錯覚してしまうくらいだ。

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分岐に戻ってきた。
写真で言うと右側から出てきた。

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ココも先程と同じく、ここで閉塞している。
一瞬、コンクリートで巻き立てられているように見えたが、壁面が剥がれるようにして崩れたようだった。

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外が見えてきた。
こちらの抗口も随分土砂が流入している。

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このまま外に出てみた。
位置は、最初に入ってきた抗口を斜面で挟んだ西側にいる。

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この壕が報道された壕で間違いないだろう。
壕内は防御陣地などと比較すると広く、銃眼なども確認できなかった。

地元の方も「洞窟の中には弾薬や砲弾、手投げ弾、ドラム缶などが運び込まれた。」と記事内で答えているように倉庫壕だったのだろうか。


さて!

忘れちゃいない。冒頭の水没壕。
都合よく内部で繋がっているだろうと思ったが、そんな事はなかった。

ならば濡れに行くしかなかろう




そんな訳で、水没壕の前に戻ってきた。

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同志が沈みゆく自分の姿をウキウキで撮影してくれる。

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キミは穴に突っ込むのが好きなフレンズなんだね!

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ただいま。
悲しいが水面が美しい。

ウェーダーを持参しなかった事が悔やまれるが、体力を消耗するウェーダーを決め打ちでもない探索に持ち出すのは中々難しい。

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ふええええ浸水してくるううううう

思ったより深くはないが、膝上の水深に下半身は無事死亡。

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振り返った絵。

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でも一度濡れると、もうどうにでもなーれとなる。
ジャブジャブと進む。隠れた竪坑だけはNG。

クランク状にカーブした後、壕は真っ直ぐ進む。

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分岐などはなく、抗口より少し高度を上げたためか水が無くなる。
ココの壕ではハゼみたいな魚が泳いていた。
ちなみにコウモリさんもいた。

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ツルハシやノミの跡が美しい。

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そして閉塞。
ココから広大な地下壕が続いていたら面白いけどまあこんなもんだろう。
潜ること自体が楽しいから問題ない。

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それでは、地上へ戻ろう。

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滑り込むように穴に入った為に、当然抗口周辺はツルツルの滑り台状態で苦労しながら這い出てきた。

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穴のお土産を持って帰還。
水没した穴への侵入を強行すれば当然こうなる 笑

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今回の坑道図。
雑に書くとこんな構造になる。
国土地理院の利用規約で小さいのはご了承を


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