旭隧道

2014.10.28.Tue.22:38
まずはその歴史のお勉強から

先住民族の生活した田川郷-。その後多くの先人が吉野屋部落の宝庫として私財を投じて開拓に苦心し、又振興策に努めてきたが、200~250mの急坂悪路を越えなければならず、しかも車は通らず、すべて人の背、牛馬の背に頼らなければならずその上4㎞以上の遠距離では不便極まりなく又経済変動期で自給農業以下低位農家は農外収入を求めて漸く生活を維持しなければならぬ状態であって、こうした宝庫への経営への余力はなくて祖先の開拓した田畑山林も荒廃に任せていた。

ならば!
ということで始まった総合地域振興策。
その総合地域振興策の中の「田川郷吉野屋部落直結林道(隧道)開鑿計画」が今回の旭隧道に関する計画だと思われる。

・隧道新設工事
延長869m幅員2m側溝両側0.5m掘鑿土量9134立方メートル 補装砂利置構造模型坑道(牛馬道)

1952年(昭和27年)10月23日起工
1954年(昭和29年)11月3日開通(資料内では1月3日との記載もあるが計画を見る限り誤植?と思われる)

有効総延長 779.66メートル

【参考資料】大面村村誌


それではいざ現場へ!
吉野屋集落を通り山道を進むと「旭隧道」が現れる。

PA260149_R.jpg


ん~いい穴だ!!


長い年月の経過を示すかのように苔むし、角が取れたコンクリート製の抗口はどこか優しさすら感じる。

それでは突入!!(`・ω・´)ゞ

入坑すると抗口から見えていたようにコンクリートによる巻きたてが出迎える。

PA260154_R.jpg

ただ近代的なコンクリート吹付けではないので、どこか坑道にでもいるんじゃないかと錯覚する。

と思っていたら
(゚д゚)!
心を読んだかのように隧道内は近代的な吹付けコンクリートに変化した。

PA260155_R.jpg

抗口で感じた優しげな雰囲気は近代化改修により更に安定したものになっていた。
・・・もう何も怖くない

ッて思うじゃん?


PA260156_R.jpg


・・・Σ(´∀`;)
前ぶりもなく突然、隧道は手掘り区間に突入する。
PA260167_R.jpg


なんだこの隧道wwww
そんなトンネル博物館みたいに時代別にアピールしてくれなくていいのにww

コンクリート巻きたて区間まではまだ軽トラクラスなら行けるんじゃね?くらいの幅だったけど手掘り区間は相当ギリギリ。
更に小規模ながら崩落してる地点もあるのでそれを避けるように走ったら恐らく・・・

幅が分かりやすいようにセローさんを置いてみるとこんな感じ

PA260165_R.jpg


そして隧道施工の今昔施工法を示すように再び
手掘り→コンクリート吹付け→コンクリート巻きたて
となっていく

PA260171_R.jpg


PA260174_R.jpg


そしてようやく外界へ

こちらの抗口も中々また違った良い雰囲気

PA260169_R.jpg

なお道路計画的にも実際の道的にも先に林道は通じてるはず・・・
なんだけどチュルチュル路面で前進は困難を極める

PA260182_R.jpg

この後にも予定があり時間も惜しいので撤退!
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コメント
こないだはお疲れ様でした\(^o^)/

日曜も楽しんでたんですね〜

その隧道、車通りますよ。上に世界一神社ってのがあって人住んでるんじゃなかったかな(≧∇≦)

その先進むと舗装の林道、馬場線でます。

猿毛は川沿いちょいガレ林道から入りましたか?


>>ちぇいさん

土曜はめちゃくちゃ楽しかったです!
普通車を通してる人もいるようなのですが、恐ろしすぎますww

路面がチュルチュルだったので諦めたのですが、次は抜けたいですね~
猿毛は川沿いのちょいガレ林道から入りました!
>ちぇいさん
その先進むと最後の写真のようになったんですわ( ´・ω・)・・・・

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