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旧日立航空機立川工場変電所

2015.03.04.Wed.01:45
西武拝島線の玉川上水駅から歩いて5分ほどのところにある「都立東大和南公園」に今回の目標である軍需工場跡がある。
都内にありながら生々しい機銃掃射跡や爆撃跡が残る軍事遺構として有名な場所。

野暮用で時間を食ったせいで既に日は暮れつつある。。。

場所はコチラ。


大きな地図で見る


都立東大和南公園に到着 (帰り際に撮ったので時系列的可怪しいのは気にしてはいけない)

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都内の公園とは思えないほどマターリした雰囲気
と言うより人がいない

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少し歩くと平和な公園内において異質な雰囲気を醸し出す建物が見えてきた!

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これが「旧日立航空機立川工場変電所跡」。
戦闘機のエンジンを製造していた日立航空機の立川工場の変電所。
57万坪の大工場には数多くの工場建物、変電所、給水塔が立ち並び、1万3000人が働いていた。

当時の配置図

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・・・にしてもスゴイ銃爆撃痕だ

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資料によると
1回目は1945年2月17日 グラマンF6F戦闘機(愛称ヘルキャット)などの50機編隊による銃・爆撃。


Hellcats_F6F-3,_May_1943_R


2回目は4月19日、P51ムスタング戦闘機数機による攻撃

p-51 mustang_3_R


3回目は4月24日、B29の101機編隊による爆撃による攻撃

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F6Fヘルキャットの搭載機銃はブローニングAN/M2 12.7mm機関銃またはAN-M2 20mm機関砲
P51マスタングもブローニングAN/M2 12.7mm機関銃

爆装していたのならそれぞれ2,000 lb (907 kg) 爆弾~250 lb (110 kg) 爆弾まで大小色々ある。
B29に至っては種類がありすぎるので省略。

これらの搭載機銃及び爆弾による被害なのだろう。

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変電所の敷地内には慰霊碑が建立されていた。
1945年2月~4月までの計3回による攻撃で社員・家族・勤労学徒計111名の方が亡くなった。


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それでは変電所を隅々まで見てみよう。

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正面玄関部。

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階段を上ったところにある入り口。
登りたい・・・けど間違いなく通報されるので自重
元々の塗装の色だろうか。薄緑のような塗料が確認できる。

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右側の窓からは内部の変電設備が見える。
不定期に開催される見学会では内部も見学できるらしい。

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正面玄関付近には「給水塔」跡が残る。
この給水塔は2001年に解体されてしまった。

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変電所の左側面に回りこむ。
変電所前で談笑する奥様方からの目線は完全に不審者を見る目だが気にしてはいけない。
今日は合法的に見てるのだから(`・ω・´)

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真後ろまで来た。

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正面の生々しい銃爆撃の跡とは対照的に後ろ側にはそれらの痕跡は殆ど見られない。
南側から侵入して攻撃して離脱していったのだろう。
なおこの攻撃方向を示すモノも後に発見できた。


後ろ側の出入口
正面部ではほとんど剥げかけていた塗料の後もコチラでは鮮明に見ることが出来る。
ただこの塗装がオリジナルのものか戦後「小松ゼノア工場」稼働時に改めて塗られたものかは不明。

大型機械の搬入路なのか入り口からコンクリート製の道?が2方向に伸びていた。

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電線導入部も残る
あの梯子登りたいな( ^ω^)・・・

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右側面部まで来た。
どの時代のものかは不明だがいい感じに錆びた看板が残る。
元々鉄製の看板を立てていたが左上部の留め具が外れ下にあったペンキ塗りの文字が顔を出した形。
文体は正面にあったものと似てるからそれと同時期のものかな?

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一周した。
やっぱり正面部は銃爆撃跡が目立つ。

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正面部の広場には変電所で使用されていた部品を地面に埋め込んでモニュメントとしている。
中々粋なモニュメント。

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そして何の説明文も無いが結構重要なモニュメントが変電所付近南西部に鎮座している。
それがコチラ。

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それほど古くななそうな小型機のエンジンとプロペラだが、実はコレ手元の資料によると1945年2月17日のF6Fグラマン戦闘機が爆撃してきた際の侵入方向を示しているらしい!
もっと大々的に説明板でも立てて説明してくれればいいのに勿体無い。

・・・まあ弾痕からも誰がどう見ても侵入方向はモニュメントが示す方向で間違いようがないんだけどさ。


日暮れとの勝負であった探索だったけど、都内においてこんなに生々しい戦争遺構が見れるとは思わなかった。

平和な日常を示すような暖かな部屋の灯りが漏れる最新のマンションと軍需工場の一部としての役目を終えて寄り添うように灯っている1つの白色灯の電灯との非日常との対比が印象的だった。

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