HOME > 戦争遺構 > 旧仙台陸軍地方幼年学校(宮城野区五輪1897年~1924年)

旧仙台陸軍地方幼年学校(宮城野区五輪1897年~1924年)

2016.03.30.Wed.00:56
軍都仙台シリーズ?
次は石原莞爾などの著名人を輩出した旧仙台陸軍地方幼年学校の探索に行ってきました。

IMGP6503_R.jpg


日清戦争後、軍備増強に応ずるため、1896年(明治29年)5月の東京に陸軍中央幼年学校1校、東京、仙台、名古屋、大阪、熊本、に陸軍地方幼年学校6校が設置されました。

陸軍地方幼年学校の採用生徒は各校50名、年齢は13~15歳、修学期間は3年間。
1910年(明治43年)に教員は36人、生徒は150人。学費は陸海軍の士官子息は半額であり、戦死者遺児は免除とされていた。また、制服の襟に金星のマークがつけられたことから「星の生徒」と呼ばれた。卒業生は中央幼年学校に進み2年間の教育を受けた。中央幼年学校卒業後は士官候補生となり、各部隊で下士兵卒の勤務(隊附勤務)を6ヶ月間ほど務め、陸軍士官学校に進んだ。
仙台陸軍幼年学校ーウィキペディア


仙台陸軍地方幼年学校は、1897年(明治30年)9月、校地は陸軍の施設が集中した榴ヶ岡に開校しました。


陸軍歩兵第四連隊兵舎跡を後にして仙台陸軍地方幼年学校を目指す。
目指すというかいま見えてる周辺が、仙台陸軍地方幼年学校。

IMGP6499_R.jpg


コレは1920年(大正9年)に製作された「仙台陸軍地方幼年学校地図」

add_text_R.jpg
画像出典ー仙台市教育委員会、仙台市歴史民俗資料館 ガイドブック仙台の戦争遺構2008



目標は仙台市立宮城野中学校の敷地内にある。
その為ちゃんと許可を得て、敷地内での撮影を行う。

IMGP6501_R.jpg


コチラが1924年(大正13年)3月「仙台陸軍地方幼年学校の記念碑」

IMGP6506_R.jpg


しかし第1次世界大戦後の軍縮により東京1校を残して、他の幼年学校は廃校となる。仙台陸軍幼年学校も1924年(大正13年)4月に廃校になる。
この碑は、その際に設置されたもの。


隣接してある碑は、1939年(昭和14年)4月1日「仙台陸軍地方幼年学校址」

IMGP6503_R.jpg


ややこしい話だが、先述したように仙台陸軍地方幼年学校は一度閉校している。
しかし「満州事変」以後の軍備増強に応ずるために、1936年(昭和11年)から1939年(昭和14年)にかけて陸軍幼年学校を復活。
仙台陸軍幼年学校も1937年(昭和12年)4月に復活する。
その際、学校の所在地は宮城野区五輪から太白区三神峯へ移行している。
この碑は、その際に建てられたもの。


つまり・・・宮城野区五輪時代の「仙台陸軍地方幼年学校」のものではない(だったらトップ画にするなよ)
・・・だって絵になったんだもん(´・ω・`)
太白区三神峯時代の旧仙台陸軍地方幼年学校(1937年~1938年)のはまた後ほど。


碑の場所はコチラ。
場所が場所なので探索の際は許可を取りましょう。




【参考資料】
仙台市教育委員会・仙台市歴史民俗資料館  「仙台の戦争遺跡 2008」
関連記事
スポンサーサイト
コメント

管理者にだけ表示を許可する