旧宮城野原練兵場

2016.03.30.Wed.21:12
宮城野原公園総合運動公園や楽天イーグルスの本拠地koboスタジアム宮城のある場所には歴史ある練兵場があった。


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画像出典ー仙台市歴史民俗資料館資料集13冊 絵葉書でみる仙台2


宮城野の名は古くから歌枕の「宮城野の萩」として知られ、江戸時代には仙台藩が管理する狩場であった。

近代に入り1873年(明治6年)に榴ヶ岡に隣接する宮城野原の一部に、陸軍宮城野原練兵場が建設される。
1907年(明治40年)には宮城野原練兵場南端に山砲兵第一連隊が設置される。
宮城野原練兵場は陸軍観兵式の会場や戦死者を祀る臨時招魂祭の祭場にもなったりもした。

不定期に仙台宮城野原競馬場として利用されたり、1933年(昭和8年)に霞目飛行場が設置されるまで航空機の離着陸に用いられたりした。戦後占領期にはキャンプ・ファウラー(現榴岡公園)とキャンプ・シンメルフェニヒ(現仙台駐屯地)との間にあるという立地もあって、進駐軍が巨大な穴を掘ってゴミ捨て場として利用していた。

明治44年4月25日宮城野原 (1)_R
画像出典ー河北新報社 1911年4月27日


いまや野原の面影を感じることは難しいが、多くの人で賑わう仙台市陸上競技場、koboスタの近くにやってきた。

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koboスタの正面ゲート前付近に、ひっそりと当時の面影を思わせる碑がある。
何回も楽天戦観戦に来てるのに全く気が付かなかった。

1927年昭和2年「明治天皇・大正天皇 御野立所跡」碑

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この碑は第2師団在仙各部隊、将校下士卒等一同によって建立されたとのこと。
下にある説明

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場所は大体このへん





今では地名と萩の月からくらいしか連想することのできない宮城野原ではあるが、近くを通ったり野球観戦の際には広大な野原や練兵場があったことに思いを寄せて碑を探してみるのもいいかもしれない。

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【参考資料】
仙台市教育委員会・仙台市歴史民俗資料館  「仙台の戦争遺跡 2008」
仙台市歴史民俗資料館資料集13冊 絵葉書でみる仙台2
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