HOME > 廃隧道、廃道 > 七里沢隧道 県道107号線(赤井畑国見線)

七里沢隧道 県道107号線(赤井畑国見線)

2017.02.05.Sun.23:11
以前からアタマにはあった七里沢隧道。
廃道や隧道好きの方なら割りと有名な場所であるため、多くの方が挑戦されてる場所。

しかし近年、徒歩や自転車による走破は見れるものの2輪でのアタックはあまり見られなかった。
これはスパイク長靴をオフブーツに履き替え行くしかあるまい!

DSCF6434_R_R.jpg
一般県道107号線(赤井畑国見線)は宮城県白石市赤井畑と、福島県伊達郡国見町を結ぶ山崎峠越えの道。
現役時は「西の小坂峠の下に番所があったので、山崎峠は間道として利用されていた」との証言もみつけた。


国道4号線より離れ、国道113号線を西進する。
徐々に山深い雰囲気を感じるようになると、国道を離れ材木岩方面に向かう。
すると目印となる商店と看板が見えてくる。

DSCF6344_R.jpg


この看板のある方向が山崎峠となる。

DSCF6345_R.jpg


設置されている看板を見てみる。
どうやら江戸時代に発生した、飢饉の時の山神様への感謝と犠牲者への冥福を祈る碑の説明板のようだ。
探索中に発見できたら嬉しいな。

DSCF6347_R.jpg


碑の説明看板と同じくらい存在感を放つ奴。
大河原土木事務所がしっかりと「通行止め」を喚起している。

DSCF6348_R.jpg


なお、写真を撮影してる間もジムニーに乗った猟師さんが現れ、少し話をしたりした。
年中通行止めの道ではあるが、山を愛する人々には未だに利用されているのかもしれない
(実際は接続する林道の利用だと思うけど)


碑や通行止めの看板を過ぎ300メートルも走らないうちに舗装は終わる。
ご親切に通行止めの看板がまた迎えてくれる。

DSCF6351_R.jpg


気持ちのよい平和過ぎるフラットダートが、杉林の間を縫うように走っている。
この辺までは、乗用車でもオン車でも余裕だろう。

DSCF6353_R.jpg


気持ちのよいフラットダートを進んでいくと怪しげな分かれ道が現れる。

訓練された探索趣味の人間は疑うこと無く右へ突っ込むだろう。
実際、それが正解で、右が七里沢隧道のある一般県道107号線(赤井畑国見線)。左が接続する林道。

なお、いつの間にやら探索ではなく、オフ車で林道を楽しむことに気を取られた我々は、気持ちよく左の林道へ吸い込まれていった模様。
バカダナ(・×・)

DSCF6357_R.jpg


分岐を間違えていることなど知らず、気持ちよく林道を走っていると冒頭で見つけた「七里沢わらびの碑」を道沿いに発見した。
個人的には、廃と同じくらいこの手の山への畏怖と尊敬を感じられるような地域民俗学的なモノは大好きだ。

完全に余談だが、付近の山中では狐に騙されたとする伝承も多く残っている。
そんな話を頭の片隅に入れて探索していると、楽しさが倍増する。

DSCF6359_R.jpg


碑を過ぎた辺りから少々ガレてくる。
再び通行止めの看板。

DSCF6365_R.jpg


この辺りから地形的に行き過ぎてんじゃね?と感じつつはあったが、それより林道の先に行きたい気持ちのほうが勝っていた。

無名な無名橋と言う名の橋。

DSCF6369_R.jpg


どんどん標高を上げ、間もなく峠の頂上といった雰囲気になってきた。
もう頂上まで行ってしまえ。

DSCF6372_R.jpg


林道を気持ちよく駆け上がっていくと、前方を走る最近我らの遊びに加入してくれた同志が、これまた気持ちよくコケてくれた。
コントロール不能になって、斜面に勢い良く突っ込んで落ちてきた。
退屈な道迷いに笑いを提供するオフローダーの鏡。

DSCF6377_R.jpg


山崎峠の頂上付近まで行ったところで、いい加減林道遊びを辞めて赤井畑国見線戻ろう。
先程の分岐まで戻ってきた。

DSCF6355_R.jpg


さあ本命の赤井畑国見線・七里沢隧道だ。

通行止めのガードレールを超えると、当然ながら道は荒れてくる。

DSCF6381_R.jpg


倒木なども増えてくるが、まだ騒ぐほどの難易度でもない。

DSCF6380_R.jpg


DSCF6382_R.jpg


何度か似たような倒木と急なカーブを曲がると・・・

                        「七里沢隧道」


扁額はなく、坑門全体にコケが生えおり重厚な印象を際立たせる。

DSCF6384_R.jpg


所有する書籍には「明治時代のトンネルを抜ける」とある。
しかし、昭和28年竣工との情報が一般的だ。
県道に指定されたのは昭和33年なので、明治時代からあった隧道を改良したのだろうか。

それとも人知れず何処かに明治時代の隧道が眠っている?
いやそれは流石にない・・・よね?


前置きはさっさとやめて、速く突っ込めとのお声が聞こえてきそうなので、そろそろ隧道に入ろう。

DSCF6447_R.jpg


宮城県側の坑口から15メートルほどは水没しているように見える。


DSCF6448_R.jpg


ここから見る分にはそれ以降は、なんだかヤバそうなのが見える事以外は少なくとも路面は水没しているようには見えない。


水深は分からない

しかし、この水没情報を知っていたが為に、安全性や操作性を犠牲にしてまで探索の優位性を優先して大正義スパイク長靴を装備してきたのである(ドヤ

冒頭で「スパイク長靴をオフブーツに履き替え行くしかあるまい!( ー`дー´)キリッ」とか言っておきながらこのヘタレ具合である。


いざ突入!





・・・(´・ω・`)
何ということもなかった。
水深がステップを超えることもなく、濡れることもなく平和に通過できてしまった。
どうせならシートくらいまで水没してみろや(オイ

気をとりなして隧道の観察に移ろう。

水没区間は坑門付近から流れ込む水だけでなく、地下水による出水も多いのだろう。
コンクリートで巻き建てられた内壁からも水が滲み出ている様子が見える。

DSCF6450_R.jpg


水没区から見た時に地下水の滲み出る内壁より、陸地になっている区間の方が平和そうだな~
とか思っていた時期がボクにも有りますた。

あ~あ~
コンクリートの巻建て区間が終わると素掘りの壁面が現れる。
それだけならいいが、序盤から見ないふりをしていた色々崩れたモノがハッキリ見えてきた。

DSCF6443_R.jpg


隧道の中頃まで来た。
隧道というより鉱山の通洞坑でも歩いてる気分になる。

DSCF6452_R.jpg


なぜなら、内壁が木材で巻き立てられているのだ。
これは非常に珍しい構造のようだ。
ただそれらを構成する竣工当時よりそのままであろう木材は既に朽ち、自由落下に供えている。

DSCF6437_R.jpg


巻き立てられた木材だけでなく、鉄骨もすでにへし折れている。

DSCF6440_R.jpg


せっかくの機会だ。セローさんも映してあげよう。
隧道内部の大きさも分かりやすいかと。軽トラなら通行できそう。
なお隧道までの道中。

DSCF6426_R.jpg


あぁ^~綺麗な隧道なんじゃぁ^~

DSCF6454_R.jpg


あっ・・・崩落してる。。。(福島県側より撮影)

DSCF6433_R.jpg


天井や側面は隧道の範囲を超えて穴が空き、これまで見てきた鉄骨や木材を粉砕して崩れていた。

DSCF6434_R_R.jpg


崩落区間が過ぎると、素掘りに戻る。(福島県側より撮影)

DSCF6432_R.jpg


そして、福島県側の抗口が近づいてくると再びコンクリート製の巻き立てに内壁は戻る。
何年も十何年もココで仕事をしていたであろう、簡易ゲートもすっかりふて寝している。

DSCF6397_R.jpg


どんな気持ちでココを通過する変態たちを見送ったのだろう。
怒ってるかな。。。(´・ω・`)

DSCF6398_R.jpg


さあ出口だ。
宮城県側が水没している下り坂なのに対して、福島県側は隧道を埋めんとばかりに堆積した土砂で盛り上がっている。

DSCF6457_R.jpg


穴から出るのが名残惜しく、福島県側の抗口を振り返る。
宮城県側がある日、出水でドガンと遠いある日、一瞬で崩れそうな反面、福島県側は日々の雨や台風でジワジワと埋められていきそうな印象を持った。

それは宮城県側にはあって、福島県側にはないコンクリート製の坑門の存在も大きいだろう。
内壁も見るからに薄く地圧に末永く耐えられるようには見えないし。

DSCF6399_R.jpg


隧道を出て道はすぐ左へ折れる。正面は崖だ。
道はすでに自然に帰りつつあるが、路面はヌタとガレている程度。
ただ夏場に来たら藪漕ぎ地獄だろう。

PB200043_R.jpg


理想的な配置の倒木があった。
右に倒せば崖。進路上の左には木が生えていて引っかかりやすい。

PB200047_R.jpg


特に遺構がある訳でもなく、多少のアトラクションを挟みながらも、県道は続く。
しかし退屈はしない。古道のような優しい雰囲気がそうさせるのであろう。

PB200050_R.jpg


しばらくそんな道を走っているとガードレールが見えてくる。
お、出口かな。

PB200052_R.jpg


出てきた箇所を福島県側から見た様子。

PB200051_R.jpg


宮城県側と同様、しっかり通行止めの告知が成されていた。

PB200055_R.jpg


福島県に入った。

PB200053_R.jpg


赤井畑国見線であることもしっかりアピール。

PB200054_R.jpg


どんどん標高を下げていき、路面も未舗装路から舗装路へ変わっていく。
その頃には、福島県国見町が眼下に見えてくる。

PB200066_R.jpg

県道赤井畑国見線は、このまま町中に降りていき国見町藤田で終りを迎える。
大変、見応えのある面白い隧道だった。


なお、河北新報社 「みやぎの峠」には以下のような記述も残っている。

峠の近くには昭和18年頃まで三安鉱山があり、最盛期には1000人以上が働き、学校や映画館まであった。



確かに七里沢隧道を通過後、意識して観察しているとそれらしい窪地を遠目ながら見ることができた。
時間的にもこの日の装備的にも穴調査はできなかった。

しかし!
穴と聞いたら、例え戦中鉱山で遺構や坑道の発見の望みは薄くても行かずにはいられない。
って事で要調査を認む!
。。。もし何か見つけたら教えてください。
関連記事
スポンサーサイト
コメント

管理者にだけ表示を許可する